2003年02月18日

都会の夜に

 都会の夜、ビルの中で目を閉じて、窓の外の喧噪に耳をこらす。そう、都会の夜に根付く、昼とは違う喧噪に。下の飲み屋を出てきた若い男女が談笑する声、不定期的に行き過ぎる車のエンジン音、ビルの何処かから聞こえるドアが微かに軋む音。そんな音に混じって、小さく、遠くから、あるいはすぐ側から、息の長い、か細く甲高い、悲鳴のような音が聞こえる。それは本当に人の声のような、深い苦痛に泣き叫ぶような、身を裂かれるものの血飛沫のような。下の道で、高速に回転する刃物がアスファルトを切り裂く。使い古された道は切り裂かれ、悲鳴をあげる。そして醜いつぎはぎを当てられた、不様な新しい道が、いつかいつもと同じ人をまたその背に乗せるのだろう。

night2.gif 似ていると思った。都会の夜に、悲鳴を上げながら切り裂かれ、後から後から適当なパッチを当てられる使い古された道。同じだよ。道も、その上を歩く人も。道は体を切り離される。人は、心を切り離される。都会の夜では、使い古されたものは少しずつ切り離されて、その場限りの適当なつぎはぎを当てさせられる。体全体を見渡すこともせず。つぎはぎだらけの体や心が、どれだけみすぼらしいものかなんて気付こうともせず。都会の夜に目を閉じて、よく耳をこらしてみれば、至る所で悲鳴が聞こえる。だから都会はこんなにうるさい。

 夜のバイパスを通って家に帰る。閑静な住宅街の玄関となる駅も、さすがに深夜の人は少ない。タクシーは何台も、まだ列を作って客を待っている。オフィス街のような大きな声は聞こえない。だけど静かな歪みと寂しさが見える。

 駅のバスターミナルの階段に、膝を抱えて丸くなって、寒そうにしゃがみこんで眠っている二人の女の子がいる。ぽつぽつと歩き去る人も、人待ち顔なタクシーも、誰も彼女らに振り向きはしない。ただ、一瞥を与えるだけ。そして、それは僕もだけれど。街灯が照らす薄暗い道を、ポケットに手を突っ込み寒そうに早足で過ぎる大学生。コンビニで漫然と立ち読みをする男達。何処へ行こうというのだろう。何を求めているのだろう。

 家に帰る丘を上がる。人気のない暗い坂を歩く。しんとした坂道は、なんとなく気持ちを落ち着かせてくれる。坂と闇の向こう側に、何が待っているわけでもないのだけれど。丘の上に立ち、遠くの港町の灯を少し眺める。また、何かが聞こえそうな気がする。鈍った感性を研ぎ澄ませ。疲れた目と、薄膜が張ったようなその耳で。丘の上から見える夜景は、儚く美しくも見える。遠くから見るその景色の下。きっと何も起こってはいない。きっと誰もわかってはいない。遠く、悲鳴が聞こえる。遠く、悲鳴が聞こえる。

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