2006年10月08日(日曜日)
北原白秋『落葉松』(水墨集より)、そして『働きマン』
一
からまつの林を過ぎて、
からまつをしみじみと見き。
からまつはさびしかりけり。
たびゆくはさびしかりけり。
二
からまつの林を出でて、
からまつの林に入りぬ。
からまつの林に入りて、
また細く道はつづけり。
三
からまつの林の奥も
わが通る道はありけり。
霧雨のかかる道なり。
山風のかよふ道なり。
四
からまつの林の道は、
われのみか、ひともかよひぬ。
ほそぼそと通ふ道なり。
さびさびといそぐ道なり。
五
からまつの林を過ぎて、
ゆゑしらず歩みひそめつ。
からまつはさびしかりけり、
からまつとささやきにけり。
六
からまつの林を出でて、
浅間嶺にけぶり立つ見つ。
浅間嶺にけぶり立つ見つ。
からまつのまたそのうへに。
七
からまつの林の雨は
さびしけどいよよしづけし。
かんこ鳥鳴けるのみなる。
からまつの濡るるのみなる。
八
世の中よ、あはれなりけり。
常なれどうれしかりけり。
山川に山がはの音、
からまつにからまつのかぜ。
『働きマン』というマンガを読んだ。以前深夜にTVを観ていたら(まぁ私がTVを観るのは大抵深夜0時過ぎではあるのだが)、このマンガがアニメ化されるというのでその特集をやっていて、それを見てちょっと気になっていたのだ。この週末、歯医者の帰りに古本屋に寄ったら売っていたので一つ所望した。
この『働きマン』というマンガもさすが最近レベルの高いモーニング誌の中でも不定期連載という立場でありながら話題をさらっているだけあって非常に面白い。また、働くということについて色々な角度から、色々なキャラクターから眺めているので、一応人並みに働いている身としてはなかなか考えさせられることも多い。これは基本1話か2話で一本のストーリーが完結し、ストーリーごとに色々な人物に焦点を当てて、様々な視点から仕事を切り取るという手法がなせる技だろう。この『働きマン』についてはこれはこれでまた別途書きたいところではあるのだが、実はこのマンガを読んで一番心に響いたのが、作中で引用されているこの北原白秋の『落葉松』(←「からまつ」と読む)。実に、静かで、それでいて侘び寂びがあり、それでいながら沈みきっていくのではなくふっと前を見て進んでいく前向きさも感じられる、非常に美しい詩だと思った。作中の引用は抜粋だったので、すぐにネットで全文を検索して調べてみた。便利な世の中になったものだ。
作中では自分ではこだわりをもって仕事をやっているつもりなのに、なかなか周囲とはずれて理解されない中年(だろう)男性との比較描写で使われる。
からまつの林の道は、
われのみか、ひともかよひぬ。
ほそぼそと通ふ道なり。
さびさびといそぐ道なり。
というわけだ。仕事をしていると(特に多忙きわまりない時に)ときたま感じる寂しさや侘びしさに近い感情を、この描写は間接的ではあるがなるほど非常に見事に描写している。そしてまぁ色々とすったもんだあるわけだが、最後にこの物語は、そして北原白秋は、こう締めるわけだ。
世の中よ、あはれなりけり。
常なれどうれしかりけり。
山川に山がはの音、
からまつにからまつのかぜ。
実に、美しい。「さびさびといそぐ道」の先の、希望が見えてくる。
余談ではあるがこの『働きマン』、アニメ版のテーマソングはユニコーンの名曲『働く男』のPUFFYによるカバー版だそうだ。この選曲もなるほど、絶妙である。
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