2006年07月11日(火曜日)

ある偶然の再会 - 戸田誠二『説得ゲーム』

 今日、仕事の合間に気分転換に会社から徒歩30秒の本屋でマンガを探していた。仕事を根詰めてやっていると、どうもマンガが読みたくなる時がある。それで何か目当てがあるわけでもなく、読んだことのないマンガを衝動買いするつもりで本屋に入った。目についたのは、その本屋で今売り出し中らしい戸田誠二という漫画家の作品群。朝日新聞やダ・ヴィンチ等で絶賛されて今注目されているらしい。まったく予備知識はなかったが、とりあえず彼の単行本を2冊買ってみた。『説得ゲーム』『ストーリー』だ。このうち、『説得ゲーム』を選んだのには明確な理由がある。オビに書いてあるあらすじを読んだ時、どうも、この話はどこかで聞いた気がしたのだ。

 会社の帰りに電車の中で早速読んでみる(さすがに仕事中は読まない)。すると、その中の『キオリ』と『説得ゲーム』は、読めば読む程聞いたことのある話だった。最先端の脳の研究所に持ち込まれた若い自殺未遂の女性の脳。体はもう使えないので脳だけで培養されていくが、結局は萎縮して消えてゆく運命を辿る。その作品の中、主人公の「体なんてなくても大丈夫ですよ」「今の時代脳さえあれば」で完全に思い出した。そう、以前に読んだことがある。インターネットでだ。いつだったか、ネットで読めるマンガを探していてこのマンガを掲載しているHPに辿り着いた。この戸田誠二のHPは1999年より運営されているそうなので、きっともう何年も前に見たのだろう。今も、運営されいる。この『COMPLEX POOL』がそうだ。このHPを見つけたとき、結構時間をかけて何点もの作品を読んだのを覚えている。少なくとも『キオリ』と『説得ゲーム』、そして今回買った単行本には入っていないものの『唄う骨』は当時に読んだ記憶が蘇ってきた。「そうか、ちゃんとした本になったんだな」と、なんとなくちょっと嬉しくなった。

 彼の作品は単純と言えば単純で、巧妙な伏線やら予想外の展開やらがあるわけではない。大体、「こう終わるんだろうな」という期待を裏切らずに予定調和的な安心感の中で読める。世の中のちょっと歪んだ部分、事件でも非日常というほど大きなものでもないけれど、日常の中に点在するわずかな歪み。そこを静かな視点で描いているマンガで、ともすれば少し寂しかったり暗かったりとなりがちな題材が多いが、そこをさらりと後味のいいようにまとめてくれる。劇的ではないからこそ逆に共感はしやすい。そんなマンガだ。

 彼の作品は常に変化が描かれている。描くための題材は毎回異なるが、キーとなるテーマは明らかに変化だ。日常の、ともすれば絶え間なく連綿と、いつまでも続くように思える"当たり前"の連続。そこからのちょっとしか変化の瞬間が常に描かれている。それも前向きに、しかし控えめに、ほんの一歩だけの決定的な変化。行動の選択肢は多様になった現代だが、それは結局以前の行動のバリエーションに過ぎず、結局日常は同じテーマが繰り返される。私は以前それをパッサカリアやシャコンヌといった曲の形式に例え、だからこそこれらの曲は繰り返す人生を感じて心に響くのだと言った。彼の作品はその同じ主題による執拗な変奏の繰り返しから、一歩抜ける瞬間を描こうとしている。それが簡単ではなくなってしまった世の中だからこそ、共感できる人が多いのかもしれない。

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